日本回復整体総合学院 長期コース卒業



はじめまして。
手ん快堂の平松です。
このたび、少しでもこの『回復整体』を知っていただきたく、愛知県東海市で開業させていただくことになりました。
この仕事をするまでのこと、なぜこの仕事、この療法を選んだのかなどお話したいと思います。
お時間が許すのでしたら、お付き合いくださいね。
幼少のころのおじいちゃん先生との出逢い
小さいころの私はあまり身体が丈夫なほうではなく、風邪をひいて良くなったかと思ったらまた別の風邪をひろっていたりして、年中くしゃみをしているような子供でした。そんな中、もともと腰が悪い祖父母や母と一緒に、隣町の鍼の先生のところによく行っていました。
少しだけ目が不自由のようでしたが、でもとても笑顔の優しいおじいちゃん先生です。
手でちょっと触れれば『あー少し弱ってるね、軽く鍼うっとくから大丈夫よ。』
その言葉とあたたかい手で安心できた気がします。
ご自宅も兼ねていたのでしょう、日本家屋の畳のお部屋にベッドが2台。
寒い日には石油ストーブが置いてありました。
当時、鍼と言えばお年寄りばかり。
その中でなまいきにも背中やお腹にうってもらっておりました。
トントンと軽くうってくれる鍼は痛くなかったです。
どちらかというと、くすぐったかった覚えがあります。
胃腸風邪なら、お腹に。
鼻水が止まらなければ、鼻に。のどに。
無言で頭にうってくれるときもありました(笑)
その後はすぐ眠くなって、起きると楽になっていた気がします。
まだ小さかったので病院に怖いイメージをもっていましたし、気をはって待合室で、たくさん待たなきゃいけないのなら、おじいちゃん先生のところがいいと言い張っていました。
少しづつ体力もついてきた小学3~4年のときのこと。
突如またひどい鼻風邪とほてり倦怠感。
あまりに鼻をかみすぎたせいか、両鼻まわりにかさぶたが広がりひどい顔になっていました。
まだ肌寒い春先のことです。
春休みを過ぎてもおさまらず、4月新学期にいきなり一週間も休んでしまいました。
そうです、花粉症になっていました。
当時、花粉症という言葉さえもあまり認知されておらず、病院でも通常の風邪薬しか処方されなかったころです。
いつものように鍼をしてもらっていると『これねぇ、娘になったら治るよ。』と一言。
え、先生、ほんと!?
なんでわかるの!?
おじいちゃん先生だから、なんでもわかるの?
おじいちゃん先生は身体の中が全部見えてわかっちゃうんだ!
鼻の穴を膨らませて聞いていました。
のちにその言葉は現実となりました。
社会人になってから数年。
あれだけひどかったものが、年々自然に良くなっていき、今ではほとんど症状が出ていません。
本当に不思議です。
でも、あのときのおじいちゃん先生のあたたかい手による施術と笑顔は、どんなお薬より、私に安心感を与えてくれたことは間違いありません。
このおじいちゃん先生の出逢いは、今私が施術家として目指すべき姿となる、大切な原点だったように思います。
私の腰痛人生
少し戻りますが、私はもともと姿勢が良くなかったと思われます。その証拠に、幼少期によくはいていた吊りスカートのひも(ちびまるこちゃんがはいているスカートですね。...時代がわかるなぁ...)の左右どちらかいつも同じ方の肩からよくずり落ちていました。
あまりにずり落ちるので、もしかしたら長さが違うのではないかと自分でわざわざはずして測ってみたこともありました。
当然そんなことはなく、自分も普通にしているのになぜだろうと思いながら、相変わらず、肩からずり落としながら遊んでいました。
これは猫背で姿勢が悪く、この歳ですでに身体が左右どちらかにゆがむクセがついてしまっていたために少し動くたびに肩からずり落ちていたのです。
そして中学に入り卓球部に入部しました。
まずは体力を作るためにきついトレーニングが毎日土日も休みなく続きます。
全力で打ち込んでいたさ中、急に腰に激痛が走りました!!
腰を少しでも曲げようとしても、あまりの痛さで動かせないのです。
しばらくしてゆっくり歩くことはできても、それ以上のことなんてできません。
そうです、私はぎっくり腰になってしまいました...。
子供は加減を知りません。
身体が柔らかいことをいいことに、思いっきり負荷をかけていました。
急性のように思う腰痛も、実は長い間の姿勢の悪さからくる身体のゆがみが原因。
今思えば、起こるべくして起こったことです。
さすがに病院へ行きましたが、原因らしいものは見つからず安静にする以外どうしようもないとのこと。
湿布を貼り、しばらくはコルセットを付けてずっと見学の日々でした。
それからというものは腰の具合を見ながら、無茶をしないように心掛けてきました。
でも腰の痛だるい感じは常にあり、すっきりすることはありませんでした。
そして社会人になり、いわゆるOLというものになりました。
入社してすぐは、お茶くみの仕事もそこそこあった時代なので、今の事務仕事の方と比べて、歩きまわることができる環境だったと思います。
ですがしばらくしてパソコンが導入され始めます。
ひとり一台割り当てられました。
私はノートパソコンを使うことになり、見慣れない小さな画面を朝から夕方まで見て仕事をすることになりました。
新しいシステムに早く慣れようとずっと画面を凝視してしまいます。
以前から腰や背中に慢性的なだるさはありましたが、確実につらさを感じる日も増えてきました。
ですが、子供のころ通っていた鍼のおじいちゃん先生は随分前に引っ越してしまわれたらしくその後は先生をしていらしたかどうか、知り得ることもできませんでした。
自分に合う『施術所さがし』
このときから自分に合う『痛みを楽にしてくれる施術所さがし』のはじまりだったように思います。長年わかっている慢性的なだるさには、もう慣れきっていて、軽い腰の痛だるさ程度なら、OLらしく気分的にゆったりする、いい香り漂うリラクゼーション系のマッサージに。
少し痛みがひどいときはほぐせば良いかと、ガッツリ揉み系のマッサージに行き、たまに起こる、ぎっくり腰のような激しい痛みにはきちんと効きそうな名前のところに。
近くに新しいお店や初めての療法とわかればチェックし、一度は足を運び、これまで、ありとあらゆる施術を受けに渡り歩いてきました。
毎回痛みやだるさが違っていましたし、その度合いによって行くお店を替えていたので 今となっては比べることはできませんが...。
その時の施術は、『その時の身体』には効いていたと思います。
その後、軽くなっていったことは実感として、もちろんあります。
ですが...
『また次、痛くなった時にもう一度あそこでお世話になろう。』と心から思えるお店や施術所には、出逢えていませんでした。
だから毎回行くお店を替えていたのだと思います。
今ならその理由がわかります。
『だって痛かったんだもの。結局、あまり変わったようには思えなかったし...。』
施術をしてもらって、『もっと良くなれるかもしれない!』ということが実感としてあればまだ気持ち的に先が見通せたのかもしれません。
いい歳して何を甘いことを!と言われそうですが。
大人は我慢できてしまいます。
でも本当は大人だって痛いのはいやなんです。
反射的に『う』と思ったことありませんか。
それがヒトの身体の正直な答えです。
少しの痛みでも、それは脳内に不快なものとして記憶してしまうからです。
痛いところに、その上に我慢して施術を受けなければいけない。
施術してくれている先生に悪くて、痛いって言えないし...
一瞬だからそれくらいの我慢はできちゃうし...
そもそも感覚的に良くなっているのか、わからない...。
でも良くなるためには、仕方ないと数回は通います。
ですがその小さなモヤモヤが頭の中に残り、結果的に『良くなるまでおとなしくしていれば良いか』と、勝手に通うのをやめてしまうのです。
これでは症状は軽くなったり、ひどくなったりの繰り返しで本当の意味で良くなるわけがありません。
慣れとは恐ろしいもので、
大人はみんな何かしら身体の悩みがあるし、
まして自分の腰痛なんて病院へ行くほどではないし、
仕事をしている以上、仕方ないと...。
それこそ『あきらめ』という言葉の意識すらなく、日々に追われて、これ以上気にとめなくなってしまいます。
『リセット療法』との出逢い
そんな時です。これまで感じたことのない激痛におそわれました。
腰からお尻を通って右もも下までビリビリとした痛みが走り、立つ、座るの動作ひとつが痛くてできません。
これはおかしい...今までとは違う!!
腰以外で、こんなにいきなり激しい症状が出たことは初めてでした。
このまま歩けなくなるのではないか...!と、ものすごい不安に襲われました。
今まで受けたカイロやマッサージで押されるのは絶対に無理!
病院へ行った方が良いのだろうか...でもどこが良いのだろう。
それに、本当に良くなるのだろうか...
わからないことだらけで、不安ばかり大きくなる...。
何も情報がないところから、クチコミを頼りに探しだし、ようやくたどり着いたところが、この『リセット療法』でした。
痛くない、と書いてある。
本当なのかな?
どんなことをするかわからない初めてのお店への緊張、不安。
でもここは他とは違うことが書いてあった、という期待もありました。
そして車の乗り降りやアクセルを踏むこともつらい中、何とか、施術を受けに行きました。
私の場合、症状があまりにひどかったため、さすがにすぐ大きな変化を感じたわけでは なかったですが、こういった少しづつの変化の積み重ねの大切さ、日常の中での注意点などを聞くうちに、今までどれだけ身体に対して『間違った使い方』をしてきたか。
また自分のことなのに無関心すぎたか。
大切なことに気付かされました。
施術を重ね、日を追うごとに、耐えがたかった痛みは少しずつおさまり、数ヵ月後には何ごともなかったように消えてなくなっていました!
こんなに優しく動かしているだけで、痛みがなくなってしまった...!
なんだろう、これは...
あまりの不思議さと嬉しさで、思わず笑いだしてしまいました!
良くなって初めて普通に動けるありがたさを実感した瞬間でした。
と同時に
『これかもしれない!!』
と、直感しました。
私はこれまで、この療法に出逢うためにたくさんのお店、施術所を巡ってきたのかもしれない...!
『私と同じような不安を抱えている方に、まずは体感していただきたい!そして良くなるということを知っていただき、もっと笑顔になってもらいたい!』
そう思いだしたら、
『この喜びをたくさんの方に感じてもらえる、この仕事がしたい!』
自分がこんな気持ちになるなんて...思ってもみなかったことです。
施術を受けるたびに、その気持ちもどんどん強くなっていきました。
女性施術家として
そんな中で女性の私が、ひとつ感じたことがあります。それは同性の先生のほうが、やっぱり安心するということです。(これに関しては全く個人の感想です。)
これまでどちらかというと男性の先生のほうが力もあるし、しっかりやってもらった感がある男性の先生のほうが安定感があっていいかな、女性の先生でも力がありそうな先生の方がいいな、と思っていました。
実際、カイロや整体院というと圧倒的に男性の先生が多いです。
あまり気にしなかった私でさえ、ときに気にしてしまう些細すぎること...。
それは
ひとつは、やはり身体を触れられるということ。
初回は少しカタくなりがちになってしまいます。
もうひとつは、どこまでを話していいものか一瞬気にしてしまうこと。
女性特有の身体のことを症状として話すべきなのだろうけど、関係なかったら恥ずかしい...といった心の中の小さな声が、戸惑いとともにありました。
もしかしたら遠慮もあったのかもしれません。
変なことを言って、気まずい空気を作ってしまうなら黙っていようと。
結果、それが自分にあったお店を見つけられなかった、私の中の原因の一つかもしれません。
今回私が受けたこのリセット療法での施術は、初めは男性の先生。
そしてのちに女性の先生に施術していただきました。
歳が近いこともあり、気持ちまでリラックスして通えたことが本当に大きかったように思います。
心と身体はつながっているんだと実感しました。
この『人の身体に携わるという仕事』を受けてみて、この療法の素晴らしさとともに、私もこの先生のように『女性の患者さんが心から安心して受けてもらえる』施術院のお手伝いがしたい、と思いました。
もしかしたら、私でも少なからずお役に立つことができるかもしれない...。
その気持ちのまま、整体の勉強を始めました。
自分からやりたいと思って学び始めたことですが、意識的に人の身体に触れて感じて、身体を使って覚える。
デスク上での仕事しか知らなかった私には、苦戦の日々でした。
そのころ整体の学院で指導してくださった先生の中で、ひとりだけ女性の先生がいらっしゃいました。
若くてでも、しっかり芯のあるとても凛とした先生です。
でも笑顔と施術はとても柔らかく、軽い痛みならすぐ良くできる技の的確さに憧れを感じていました。
その先生からお声を掛けていただき、名古屋市大須でお店を構える先生のもとで働かせていただくことになりました。
そこで勤務して、見て、学んで、感じた、先生の施術姿は、しっかり目に焼き付いています。
本当にたくさんのことを学ぶことができた貴重な時間でした。
ですが、この療法を広く知ってもらうということを考えると、やはり自分の地元での開業をすることを考えなくてはなりません。
しばらくしてようやく準備を整え、今現在に至るというわけです。
ただでさえ女性は仕事や家事、育児などすることがたくさんあり、なかなか気が休まることのない毎日だと思います。
それでもなお要求されることが多いのではないかと思います。
肉食女子という言葉を聞きましたが、今の女性は貪欲です。
それはとてもいいことだと、私は解釈しています。
欲することが幸せへの一番の近道だからです。
それが身体の痛みや、思うように動かないことで諦めてしまっているとしたら、ひとつ幸せが減ってしまうことではないかと思うのです。
もったいない。
とてももったいない。
原因不明の坐骨痛で不安を抱えたままの私ではいられなかったように、あなたもどうにかしたいと願っているはずです。
それは私の願いでもあります。
もしかしたら痛みや不安を抱えて、誰にも話せずひとりで諦めてしまっているかもしれない。
そんな方にぜひ、今、勇気を出していただきたいと思っています。
私が、今こうして健康で施術する側にならせていただいているという感謝の念を持って私ができる精いっぱいのことを、あなたにしたい。
それが私のするべきことと、考えております。